コラム

[2009/12/07] 第17回 五代目三遊亭圓楽の訃報

五代目三遊亭圓楽師匠が10月29日に肺がんのため亡くなりました。76歳でした。

噺家の居ない高座

落語は、お坊さんが檀信徒への説経をする際に、関心を持ち興味深く聞いて貰うよう工夫したことから生まれたものです。円楽師匠は「助六寺」としても有名な日照山不退寺易行院の4男として生まれ、名実ともに正統派の落語家なのではと思います。 落語家になると決意し30歳までに真打になれなかったら辞めると宣言すると、30歳を迎える約3ヶ月前に見事に真打昇進を果たします。数年経って「噺は上手いが圓生の(師匠の)真似だ」と言われ続けて悩み、一時は自殺未遂をしたほどだったとも言われています。落語協会からの脱退騒動や落語三遊協会の立ち上げ、寄席(演芸場)の使用許可が得られないため弟子達の稽古場になるようにと、自らの私財を投げ打って「寄席若竹」をオープンさせた際には、1億4千万円の借金(総額6億円以上)をするなど、テレビなどの華やかな印象とは反して波乱万丈の人生でもありました。

私は幼少の頃、母親に映画館、演芸場や催事場などによく連れて行ってもらいました。「小さな頃からそのような文化に接することが大切だし、親の役目だと思ったから」と、後に母がそう回想しています。落語を庶民的に興じることができる寄席(演芸場)は、お気に入りの一つでした。実家から程近い場所の「池袋演芸場」には何度となく足を運んだ記憶があります。お座敷に畳が敷き詰められていて、緑茶をすすりながら足を投げ出し、少し大人びた気持ちになりながら落語を聞く、そんな雰囲気がとても好きでした。噺家の巧みな噺ぶりを聞き、自分で想像した映像(シーン)を頭の中のスクリーンに描いていく。映画やドラマがナレーションやテロップなど明示的に表現しなければならないような場面を、口調や素振りだけで臨場感を体感する。落語が好きな理由の一つです。

古典落語の演目「芝浜」は圓楽師匠の十八番でした。実力がありながら仕事に身を入れず酒ばかり飲んでいる男が、芝浜(芝の魚河岸の浜)で大金の入った財布を拾い、浮かれ気分で大酒を呑んで眠り込んでしまう。起きてみると拾ったはずの財布がなくなり、妻に問いかけると財布を拾ったことは夢だと諭される。男は改心して懸命に働き、独立して自分の店を構えるまでに出世する。三年後の大晦日、財布を拾ったことは事実で、あの時に財布を隠したという真相を妻から知らされるという物語です。夢の中の描写から夢から覚めた場面の描写へと、語り口だけで切り替えていく。夫と妻の二役を一人でこなしながらお客さんに臨場感を体感させる、名人たるゆえんです。息を呑み、噺が終わると肩の力が抜けて自然に拍手したくなる、そんな噺家の一人でした。

ちなみに「芝浜」は噺のヤマが大晦日であることから、年の暮れに演じられることが多くこれからの季節には最適な演目となります。落語に興味を持たれた方は、ぜひ寄席(演芸場)に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。現在、圓楽一門が使用している寄席は「お江戸両国亭」となっています。

五代目三遊亭圓楽師匠のご冥福を、心よりお祈りいたします。 <s.o>


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